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隙とキス
饒舌に語りながらも
彼女は私に気を許していない。
店に入って、彼女と目が合った瞬間から、
それは感じていた。
彼女は表参道での私とのキスを打ち消すように
機関銃のように話し続ける。
私に話す機会を与えないように。
あの夜を、私が蒸し返さないように。
その空気がわかったので、
私も聞き役に徹している。
彼女は私に気を許していない。
店に入って、彼女と目が合った瞬間から、
それは感じていた。
彼女は表参道での私とのキスを打ち消すように
機関銃のように話し続ける。
私に話す機会を与えないように。
あの夜を、私が蒸し返さないように。
その空気がわかったので、
私も聞き役に徹している。
彼女はルノワールの名をあげる。
ドラクロワとは対照的に、
ていねいに色を塗り重ねて
耐久性のある色彩をつくりあげたのがルノワールで、
だから彼の作品は時を経ても
みずみずしく輝いているのだと彼女は言う。
試しに私は仕掛けてみる。
「そういえば今、上野に
ルノワールが来てるね」
彼女は不意を突かれて、目を見開いた。
「そうだっけ。上野のどこ?」
「西洋美術館か、都美術館だったと思うけど。
けっこう有名な作品がいくつか」
「……そう。残念、最近忙しいから
行けそうにないな」
彼女は早口でそう言って、
私から来るかもしれない誘いを遠回しに拒絶する。
拒絶を受けた私は、しおしおと黙り込む。
そして彼女のトークに
曖昧な相づちを打ち続けるのだ。
彼女の話は興味深いし、
こんな話は嫌いじゃない。
だけど、核心を避けるように
沈黙の間を埋め合わせるように
漫然と会話をするのは好きじゃない。
これじゃまるで、
私がスキあらばとって食ってしまおうと
虎視眈々と彼女のスキを狙っていて、
彼女がそれを警戒しているみたいじゃないか。
(ああ、でも、そのとおりなのか)
彼女の不安と警戒は当たっている。
私は自分で自分に笑いたくなった。
ルノワールの話が終わったところで、
私は息をつき、言った。
「あの、申し訳ないんだけど、
ちょっと予定が入ってて」
「えっ」
彼女は目を丸くして、
席を立とうとする私を見つめる。
「そろそろ行かなくちゃ行けないの。
今日はどうもありがとう」
テーブルに置かれた伝票を手にすると、
彼女があわてて立ち上がった。
「ちょっと待って。私もいっしょに出る。
それで、あの……今日は私に払わせて」
私の手にある伝票に手を伸ばそうとする。
「いいよ、別に……」
「この間、おごってもらっちゃったし、
私の気が済まないの。だから」
彼女はそう言って、もごもごと何かを呟いた。
何を言っているのか、聞き取れない。
「なに?」
薄手のカーディガンを羽織りながら私が尋ねると、
彼女は小さく言った。
「この間はごめんなさい。
あの夜は……私、どうかしてたのよ」
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ドラクロワとは対照的に、
ていねいに色を塗り重ねて
耐久性のある色彩をつくりあげたのがルノワールで、
だから彼の作品は時を経ても
みずみずしく輝いているのだと彼女は言う。
試しに私は仕掛けてみる。
「そういえば今、上野に
ルノワールが来てるね」
彼女は不意を突かれて、目を見開いた。
「そうだっけ。上野のどこ?」
「西洋美術館か、都美術館だったと思うけど。
けっこう有名な作品がいくつか」
「……そう。残念、最近忙しいから
行けそうにないな」
彼女は早口でそう言って、
私から来るかもしれない誘いを遠回しに拒絶する。
拒絶を受けた私は、しおしおと黙り込む。
そして彼女のトークに
曖昧な相づちを打ち続けるのだ。
彼女の話は興味深いし、
こんな話は嫌いじゃない。
だけど、核心を避けるように
沈黙の間を埋め合わせるように
漫然と会話をするのは好きじゃない。
これじゃまるで、
私がスキあらばとって食ってしまおうと
虎視眈々と彼女のスキを狙っていて、
彼女がそれを警戒しているみたいじゃないか。
(ああ、でも、そのとおりなのか)
彼女の不安と警戒は当たっている。
私は自分で自分に笑いたくなった。
ルノワールの話が終わったところで、
私は息をつき、言った。
「あの、申し訳ないんだけど、
ちょっと予定が入ってて」
「えっ」
彼女は目を丸くして、
席を立とうとする私を見つめる。
「そろそろ行かなくちゃ行けないの。
今日はどうもありがとう」
テーブルに置かれた伝票を手にすると、
彼女があわてて立ち上がった。
「ちょっと待って。私もいっしょに出る。
それで、あの……今日は私に払わせて」
私の手にある伝票に手を伸ばそうとする。
「いいよ、別に……」
「この間、おごってもらっちゃったし、
私の気が済まないの。だから」
彼女はそう言って、もごもごと何かを呟いた。
何を言っているのか、聞き取れない。
「なに?」
薄手のカーディガンを羽織りながら私が尋ねると、
彼女は小さく言った。
「この間はごめんなさい。
あの夜は……私、どうかしてたのよ」
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